裸の王様

   王様は裸だった

「王様は裸だー!」

 一人の少年がそう叫んだ。事実、国王は裸だった。大人たちは気づいていたが少年が声を上げるまで、真実を口にすることができなかった。そう後の人は語ったという。

 

 

   服の仕立屋

 ある日、服の仕立屋が国王のために城へ来た。その仕立屋曰く、馬鹿には見えない代物だという。国王にはそれが見えなかったが、口を挟む隙も与えず、間髪入れずに、自信満々に仕立屋は言った。

「これは世界一の国王の為だけに作り上げた世界一の服でございます。これは私(わたくし)の最高傑作であります。是非とも国王様にお召し頂きたい。どうか国王様に、お召し頂きたい。」

仕立屋の勝ちである。ここまで言われて引き下がれる者はそうそう中々いない。例え王でなくとも。況してや、ここは中世ヨーロッパの絢爛豪華な城の中である。目の前にいるのは国王に謁見したいと、その絢爛豪華な城へとやって来た者である。その者曰く、彼の人生で最高の出来だという。目の前にいるのは中国の諸子百家でもなければ、間者(スパイ)や使者(メッセンジャー)にも見えない。そして、側には自らの最も信頼する臣下の者がいる。彼らは何も言わない。国王、D.トランファス(D. Trainorfs)は、彼らとともに、この国を創り上げてきた。トランファスの今があるのも、この国の今日も彼らの御蔭であると言っても過言ではない。弱小国家からヨーロッパ諸国、イギリスやデンマークまでを領土にし、ヨーロッパ屈指の大国になるまでに成長したのは彼ら力の尽力以外の何者でもない。かの帝国を撃退できたのも彼らの御蔭である。まるでそれは、小県の真田が徳川を倒した様な痛快さだった。

 閑話休題。目の前には今、一人、如何にも聡明な若者が真っ直ぐな眼でこちらを見つめている。その眼には少しの曇りもなく、何か覚悟の様なものを感じたが、それに違和感を感じることはなかった。そして、側の者もその者に非礼だと言う様なことは一切ない。イギリス、デンマークを征服する際の活躍で、その名を世界中に轟かせた二人。戦国時代の黒田官兵衛竹中半兵衛の両兵衛を彷彿とさせるヨーロッパの英雄、Tealser(ティールザー)とRoothia(ルーシア)の明晰な二人が、である。彼らは常に何手も先を読み、王などでは到底思いつかない様々なこと提案、遂行してきた。その彼らの同意。それは、つまり、この取引(ディール)におけるブレーキが、セーフティーが外れたことを意味していた。もう止まることのできない、地獄へと続く列車は走り出してしまった。

 

 

 
   取引成立

取引成立。仕立屋はしてにしてみれば、してやったり。この詐欺は、成功したと言っても過言ではない。そう仕立屋も確信していた。

その刹那だった。

王からその一瞬の隙を突いた様に思いも寄らぬ質問が飛んだのは。

「パレードは何時(いつ)が良いか。」

「と、仰いますと?」

「最高傑作に相違ないのであろう。」

 と、王は仕立屋を睨みつけ、ドスの効いた声で尋ねた。仕立屋が今更、いいえ。などと言えるはずもない。仕立屋は迷わず言った。

「ええ。最高傑作にございます。」

 再び王は尋ねた。

「お主の最高傑作だというこの服を民衆へ披露する為にパレードを行う。何時がよい?」

  戸惑っている時間などない。瞬時に頭を回転させ、言った。

「裏方は表に出るものではありません。これが私(わたくし)の主義(イズム)です。譬え殺されようとも、私の主義は変わりません。」

 仕立屋は啖呵を切った。王は応えた。

「良かろう。もう帰ってよい。」

「この度は、誠に、ありがとうございました。」

 そう言って帰ろうとした時だった。

「おい、待て。」

 「はい」

 仕立屋は平静を装っていたが、少し焦った。

「お主の名を訊いていなかった。名を申せ。」

 「Shellingford(シェリングフォード)でございます。」

 今までで一番大きな声でそう応えた。この響きに何かを感じたのは王だけでなかった。聞き覚えのある様な感覚をティールザーとルーシアは感じた。しかし、誰も何かを鮮明に思い出すということはなく、何かぼんやりと頭の片隅に懐かしさの様なもの感じただけであったため、少し間はあったものの、その後すぐに、

「そうか。帰れ。」

 と王が言い、仕立屋は帰った。しかし、契が結ばれ、取引は成立したというのにも関わらず、その仕立屋の後ろ姿は、どこか寂しそうであった。

 

 

 

   パレード

 パレード当日。その日は、来た。そしてそのパレードは遂に始まった。王は臣下の者たちを従え悠然と、堂々と歩く。民衆たちはその王の勇ましい姿を讃え、そして称えた。皆、王に畏敬の念を示し、感激した。民衆は沸いていた。パレードは熱気に包まれ、人々は興奮し、パレードは盛大に盛り上がっていた。だが、秩序は保たれており、平和だった。誰一人として、度を越した、常軌を逸した、我を失った行動をする者はいなかった。それはまるで、日本の様に。しかし、それは日本とは違い、どこか異様だった。が、兎も角、そこは熱気に包まれながらも、平和であった。一人の少年が叫ぶまでは。

 

 

 

   少年が叫び………

 「王様は裸だー!」

 一人の少年がそう叫んだ。あうると、今まで王を称え、讃美していた民衆は静まり返り、そして、一人声を上げ、また一人、民衆は王様は裸だと大合唱した。また民衆には王の嗤う者もいた。ある者は嘲笑し、またある者は蔑んだ。そして、王は公衆の面前で大恥をかき城へと逃げ帰った。

 この後(のち)、王が国を追われたということは想像に難くない。いや、処刑されたのかもしれない。兎も角。王が城へと逃げ帰ったことは間違いない。だがしかし、考えてみてほしい。この王はただの王ではないのだ。少なくとも、今そこにないものを信じこませる力持っている。もしくは、その場にいた者が何も言えない程の恐ろしさがあるということだ。前者は場合に依ってはカリスマと称えられ、人々の思いを引きつけ、常人では考えられない様なことを成し遂げてしまう。だが、この王は前者ではなかった。城に引き返したのは、当然、王独りのはずもなく家来もであった。家来は民衆とは違う。王に家族という人質が取られているのだ。その後、事態が凄惨を極めた。総ては真実を叫んだ少年の所為なのかもしれない。

 兎も角。事は起きてしまった。異様な空気。興奮しているが平和な状態というのは緊張によって保たれていのだ。

 

   そもそも

 そもそも。王が服を買ったのは独断ではない。少なくとも、王は、トランファスはそう思っていた。何故なら、彼ら常に王が誤った方向へ舵を切ろうとすると、必ず、諫め、止(とど)まらせていた。それも王のプライドを傷つけない様に論破するのでなく、納得する様に説明した。それは説得ではなかった。決断するのはあくまで、王であるという姿勢を両人とも、決して崩さなかった。結論ありきの説得でなく、それは説明だった。そして、王も彼らの話を熱心に聴き、彼らに敬意を持って接してきた。少しでも思うことがあれば自由に言えるそういう空気を作って来た。だから、王にとって必然だった。そう考えるのは。彼らは同意した。と。彼らー。ティールザーとルーシア。 感情的なティールザーと冷静なルーシア。性格は違えど、彼らは明晰で勇敢で優秀であった。何も言えなかった訳がない。王とは、理想的な関係性を築いていたのだから。築いていた。築いていたのであって、続いている訳ではない。が、王はそれに気づいていなかった。もはや、彼のプライドは、気づかせられる程、低くなかった。王の信頼していた腹心の一人だったが裏切ってからではないだろうか。王が変わって行ったのは。王はそれまでも信義に厚い人間だった。だから、裏切り者には厳しかった。それ故だろう。彼の肉親を根絶やしにし、彼をかばった者は、ほぼ総ての人が殺された。その風刺画を描いた絵描き、王の悪口を言ったとされる者、それは次第に魔女狩りの様に次々と殺戮されていき、もはや、止められるものはいなくなってしまった。ほぼ総てと表現したのは、実は、その殺されなかった一人にスパイとして活躍したシャーク(sherk)はいた。サメではない。城内での事件を彼が解決したことと、彼のSherkがSherlockに似ていることから彼を一時期、Shellingfordと呼ばれていた。そのときに王を変えられるのは君たちだけだと告げ、城を去ったあのシャークだった。だが、凋落したのは王だけでなかった。彼らは止められなかった。むしろ、この太平の世に命を賭けて国を守り、家族を失うリスクを恐れ、一時の安定を選んだのだ。彼らが死に、家族が死ねば、国は滅びた。他に信頼の置ける忠誠を誓う部下がいないのだから。だが、彼らが命賭けで王を変えようとすれば可能だったかは分からない。だが、彼らが安定を選んだことで国が滅びてしまい彼らも殺され、家族までも道ずれになったのが彼らの所為であることだけは事実である。そして、仕立屋が来た時は、時、既に遅しであった。裸の王様は王様のみによっては、裸の王様にはなれないのである。